第16村人:大塚 賢一さん

2014.4.18 【あばのヒト】 投稿者:bo-kun_chan


 

日本の滝100選に選ばれた、あば村 黒岩高原にある布滝(のんだき)。
そこから流れる阿波川の支流沿いに一軒のお家があります。
前には中をのぞいてみると、たくさんの木工製品が並んでいました。
今日は、素敵なあば村の技術者をご紹介。

 

大塚 賢一(けんいち)さん。

 

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「時間を見つけては、頭の中の設計図を形にしています。」

自宅の前にあるガレージには、たくさんの機械と材料が。ここが賢一さんの作業場です。阿波で生まれ育ち、阿波に勤めておられ、退職してからすべて独学で木工をやりはじめ
ました。
「自然の物を作るので、設計図通りにやったら必ず狂いが出る、作業は全部頭の中で考える」
と、本当に職人のようなこだわりを持つ賢一さん。作品もなるべく金具を使いません。
なんと、止める釘も、自身で竹を細く削って作ってしまいます。この日は一緒に竹の
カップを作りました。ヤスリで磨いて艶を出し、飲みように淵に返しをつけて、これも全て
手作業で行います。「こうやってやると、一つ一つ違うものができて楽しい。」と賢一さん。
暇な時間にと始めてた木工が、いまや生き甲斐となっていました。

 

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本当に全て手作業

 

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カップの外観。ここから塗料を塗って完成です。

 

「どうせやるなら、楽しく。みんなで。」

実は、昨年の12月から今年の2月にかけて、賢一さんを中心にしてあば村に「巨大かまくら」
を作りました。豪雪地帯のあば村にずっと住み続けてきた賢一さんが、ずっとやりたかったこと
の一つです。高齢者に取っての雪かきはかなり過酷なものです。しかし賢一さんは
「どうせ雪を掻かにゃいけんなら、楽しく。どうせ竹を切らにゃいけんなら、楽しく。」と想い
竹の骨組みで建てるかまくらを考えました。この設計図もすべて賢一さんの頭の中に。

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賢一さん考案の竹の骨組み。一番重さのかかる部分は鉄パイプですが、その他はすべて
竹、麻の縄、むしろで作りました。

かまくら作りで、常に先頭に立ち続けていた賢一さん。高所の危ない作業も、まずは自分から
やってみせてくれます。「こうして自らやっていかないと、人は着いてきてくれない。」と
語ります。その姿に、たくさんの人が感動して、気づけばたくさんの人が集まり、賢一さんの
夢だった巨大かまくらが完成しました。最後には、このかまくらを使ってBar night イベント
も開催。ここにも、賢一さんの姿に感動したのか、たくさんの人にご来場いただきました。
たくさんの人を巻き込んで(延べ100人以上)、作ったかまくら。今年も作成するかどうかはまだ
未定ですが、賢一さんは「それでも、また人が集まれるならやりたいのう。」と、また頭の
なかでいろいろなことを考えているようです。

 

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高所作業もまずは自らが行います。

 

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そして完成したかまくら。高さは5mを超えました。

 

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イベントにもたくさんの人が。

 

 

「村の中に、人が集える場所が必要だ。」

かまくらを作ったり、木工をしたりする中で、ある一環した想いが賢一さんの中にあります。それは『人が集える場を作る。』ということ。「人は、集まって話をすることが一番いい。
家の中におってもなんともならん。」と語る賢一さん。自身の物作りの中にも、その想いを
込めています。作業も裏庭でやらずに、ガレージの前で行うのもその一つ。「こうやって、
外で作業をしていたら、声をかけてくれて、ちょっとお茶でもして、人が集まれば嬉しい。」
そういえば、いつも賢一さんのガレージにはだれかが訪ねてきます。
賢一さんが作った特性囲炉裏もその想いからできたものの一つ。「たくさんの人で日を囲って
美味しい物を食べれるようにと想って作りました。」と。この冬、この囲炉裏を囲んだ人は
50人を超える、と嬉しそうに話してくれました。

 

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特性の囲炉裏で、餅を焼いて、おしゃべりしました。炭火で焼けるからかなり美味しい。

 

最後に、賢一さんのあば村の自慢は?

「自分がしっかりとすれば、人情深く絆が深いことですな。」

 

もの作りの達人でありながら、村つくりの達人でもあった賢一さん。
なによりも人の繋がりを大切にする、みんなのお父さんでした。

 

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土日は休み、次の更新は4月21日(月)です
次はどんなお話が聞けるでしょうか?お楽しみに。