2014.12.8 【あばのヒト, あば通信】 投稿者:bo-kun_chan
『技』という漢字は、『手で支える』と書きます。ここあば村でも、ゆっくりとした時間
の中で、手間をかけ暇を惜しまずに手に技を宿してきた村人がたくさんおられます。そん
な村人の『手仕事』に注目してご紹介していくのが【特集】てまひま です。
前回(https://abamura.com/tsusin/1758)にご紹介した、技により美しい《はで》を作
った山田さん。次は、ここに刈り取った稲をかけていく作業が始まります。はでの周りに
刈り倒している稲。
「朝のうちに はで を作って、午後から稲かけをするんや。朝露が夕方になって落ちたとこ
ろを見計らってやるんやで。」
朝露のたっぷりついた稲は、ひと束でもズシリと重く持ち上げるのもたいへんです。水がつ
いたまま《はで》にかけるとカビの原因にもなるのだとか。稲をかける時間にも経験と知恵
が光ります。
前回ご紹介した《はで》作り。ここに稲をかけていきます。
お昼になって、《はで掛け》の作業開始です。山田さんは手際よく稲をかけていきます
がこれも細かな気遣いをしながらの作業です。
「まず、稲は7:3に分けてかけていく、これを互い違いにしていくことで一見間(はでの一
区画分のこと)にできるだけたくさんの稲をかけることができるんや。そして大切なのは
稲をかける厚さです。」
厚くかけすぎても稲に風が当たらずに乾燥が不十分になる、薄くかけすぎると稲が風で
落ちてしまうかもしれない。適度なバランスで稲をかけていく山田さんの手つきは今まで
の経験と失敗で裏打されていました。
「自分で考えながらやってるから、他所とは違うかもしれないけど、これが僕のやり方。」
そんな山田さんを見守るおばあちゃんが一人。清一さんのお母さんにあたるみどりさん
です。90歳を迎えるみどりさん、もちろん昔の《はで干し》による米つくりの経験者
でもあります。
「昔は、高ーい はで が村じゅうに立ちよったでな。徹夜で稲かけしたこともあったし。」
たまたま遊びに来ていた大学生に昔のあば村の話をする みどりさん(左)
みどりさんもまだまだ現役、体は自由に動かせなくなりましたが手元の技は未だに衰え
ることはありません。どうしても束から抜けてしまった落ち穂をちょっとずつ広い、集
めて一つの束にしていきます。藁を使って、括らずに捻って止める。素早く、もう落ち
ないように熟練の技で稲を束ねていきます。
「昔の話ばっかりしてもいけんけど、私らの時代はみんなこうやって手で束ねよったよ。
もちろん手刈りをして。戦争の時代は食べ物もなかったから、稲の一本も無駄なく米に
していました。」
その意識がもう手から離れないのか、田んぼじゅうを歩き回って落穂拾いを続けていき
ます。優しい気持ちで拾われた稲は、みどりさんの技を通して綺麗なお米となって帰っ
てくるのです。
一方、清一さんの方も着々と稲かけが進んでいました。端から端まで稲をかけた後、次は
今かけた稲の上に今度は横にして稲を置いていきます。
「こうやって稲の根っこの部分を隠していくんです。そしたら雨が降っても根から水を吸
うなんてことはないやろ?」
ここでも、水がかからないようにきっちりと間を詰めて稲を置いていきます。手際よく作業
を進めていく清一さん、本当に無駄のない動きの連続です。
「一つ一つの作業を無駄なくきちんとやっていく。これが、お米を作るということ。手間
もたくさんかかるけど、やっぱりそれだけ美味しくなるんやから。」
山田さんの作るお米が美味しいのは、きれいな水や寒暖の差や《はで干し》だけでなく毎
日の小さな『手間』の積み重ねによるものなのです。
美しく《はで》に並んだ稲たち。『はで二十日』という言葉があり、このまま20日間風
にあてて乾燥させます。惜しみない時間と苦労をかけて作ったお米も最後は自然に任せて
美味しくしてもらいます。
風に揺られる稲の一つ一つが嬉しく踊り、お日様にあたるお米の粒が金色に輝いて見えま
した。20日間《はで干し》での生活を楽しんだ稲たちは、脱穀・精米され純白のお米へ
となります。
百姓という言葉は、一見ただの農家さんだと思われていることが多いです。しかし本当は
『百(たくさん)の姓(しごと、役職)』を持つ者のことであり、とにかく自分で何でも
できてします、尊敬の意味を込めた言葉なのです。
《はで干し》への情熱を、言葉とその仕事ぶりで見せてくれて清一さん。とっても働き者
で、家の周りだけでなくあば村のいろんな場所で田んぼを請け負い、米つくりをしておら
れます。さらに、あば村にある《阿波森林公園》をみなさんが利用しやすいように、道端
の草刈りをしたり、雪で倒れてきそうな竹や木を切ったりもしています。
夏前に会ったときは、椎茸を栽培をしている場所の日当たりを確保するために山の整備ま
でしておられました。いつどこで会っても何か仕事をしており、しかも様々なことを自分
でこなされる清一さん。
その姿を見て、僕は敬意を込めて清一さんを『御百姓』と呼んでいます。
そんな清一さんの一番の楽しみは、仕事の合間を見て行うゴルフの練習。毎日これをする
ために早起きをして仕事をしておられるそうです。ちょっと少年のような姿を見て妙に親
近感を覚えました。
清一さんの『技』によって生み出される《はで干し》という伝統。
これを記録し、伝えていくために取材をさせていただきました。
改めて、清一さんに敬意を表すると共に、読者の皆様にもこの技術の素晴らしさが伝わると
幸いでございます。
御百姓 山田清一さんは今もあば村で、毎日の積み重ねによる『手に技』を磨いておられます。
【特集】てまひま 御百姓:山田清一さん 終