2014.8.8 【あばのヒト】 投稿者:bo-kun_chan
もうすぐお盆ですね。村の人も墓掃除や回りの草刈りと盆の
準備に忙しい日々を送っております。この時期は地域の人か
らもご先祖様や亡くなったご家族のお話を良く聞きます。今
日は古くからある茅葺き屋根の家で休んでいたおばあちゃん
とお話、昔の思い出や無くなった旦那さんの自慢を聞いたの
でご紹介しようと思います。
あば村 大高下地区にひっそりとたたずむ茅葺きの家。歴史を
感じる、草の生えた大きな屋根の下に登喜子さんは座って本を
読んでおられました。もうすぐ90歳を迎えるおばあちゃん。
昔ばなしをゆっくりと初めてくれました。「この家ももう10
0年以上になりますかね。私が生まれる前からあるそうですか
ら。まだ若い時には、屋根の茅を山に取りに行ってましたよ。
あそこに見える山です。」と遠くを指差します。黒岩高原の頂
上に、部落で茅狩り場を作ってみんなで管理していたそうです。
「2mもあるような茅を刈っては、木の間を体を斜めにして降
りて帰ってきていました。あの時はよう働いた。体だけ動くの
が取り柄だったもんでな。おじいさんと二人で毎日辛い辛いと
言いながら一生懸命生きて来ましたよ。」話は少しずつ旦那さ
んの思い出話に移っていきました。
登喜子さんに会ったのは8月6日のこと。69年前のこの日、
広島へ原子爆弾が投下されました。登喜子さんも戦争の経験者
兵隊だった旦那さんのことを語り始めました。「おじいさんも
戦争に出て行きました。海兵さんだったからね、海を渡ってシ
ンガポールまで出ていたんです。」あば村からもたくさんの人
が兵隊として戦争へ出て行きました。「当時はまだ鉄道しか交
通手段がないので、みんなで河井駅まで行って兵隊さんを送っ
ていましたよ。みなさんこれが最後の姿だと覚悟しながらね。
みんな涙を流しながらでしたよ。」戦争が終わって、登喜子さ
んの旦那さんも帰ってこられ、それからすぐに結婚をしました。
好きな人が帰ってくるのを待ってたんですか?と聞いたら、何
も答えなかったですが少し笑顔になっておられました。可愛い。
最後に、登喜子さんのあば村の自慢は?
まだまだ元気に、ハキハキと昔のことについて話をしてくれました。
どうやらあば村でも「病院いらずの登喜子さん」と昔から有名だった
らしいです。これからもおじいさんに見守られながら元気に長生きし
てほしいですね。
さて、この土日は台風が接近するみたいですね。
みなさん対策はしておられますでしょうか?ぼーくんもとりあえず
非常用のラジオを引っ張りだしてきましたよ。
次の更新は、台風の過ぎ去る(予定の)8月11日(月)
次はどんなお話が聞けるでしょうか、お楽しみに。